2022年4月24日日曜日

釣り釜 炭点前 鎖を扱う時機

 釣り釜は、現在では風炉に替る前の春の終わり頃のものとして使われているが、昔は春と限らず炉の期間を通して使われていたらしい。
かすかに釜が揺れているので風情がある。

鎖の上げ下げの基本は、

(1)釜を炉から上げたり、炉に掛けたりする時は、鎖を二目上げて行う。

(2)炉に灰をまき、炭をつぐ時には、更に鎖を二目(初めより四目)上げて行う。

炭点前の始まり、
釜の蓋を閉め、釜敷を置いたら、
弦の中央を左手で下から支えて少し持ち上げ、鎖の細い掛けカギを右手で二目上げる。
釜を炉から上げる。
釜を定位置に置いたら、炉正面に戻って、
鎖の下の太い蛭カギを左手で受けて持っておき、鎖の細い掛けカギを右手で更に二目上げる。(初めの位置から四目)
炭をつぎ、香をたいて、香合を拝見に出したら、
上げた時と同じ手つきで、細い掛けカギを二目下げる。
釜を太い蛭カギに掛ける。
上げた時と同じ手つきで、細い掛けカギを更に二目下げる。(初めの位置に戻る)

釜の二つの鐶付が炉壇と平行になっていない場合、

鎖の下の太い蛭カギの向きが正しくないので、
蛭カギと鎖をつないでいる繋ぎ目の部分を動かして調整してやる必要がある。
蛭カギと鎖のつなぎ目の部分が釜の向きを止める役目をしている。


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2022年3月31日木曜日

炭斗 羽箒 火箸 香合を下ろした後 鐶と枝炭 炉

 炭点前の始まりに、
「イチ 羽根、ニ 火箸、サン 香合」と言うように、羽箒、火箸、香合を炭斗から下ろす。

しかし火箸や鐶や枝炭は邪魔になる場合に下ろす。
通常の炭斗の場合は、火箸に鐶が掛かっているので、鐶を下ろす。
火箸に鐶を掛けていない場合は、鐶は下ろさない。
火箸や枝炭も邪魔になるかどうかで、下ろすか下ろさないかが決まる。

炭台や平炭斗の場合は、
鐶は火箸に掛けておかないので、下ろさない。
火箸は、下ろしても良いし、下ろさなくても良い。
枝炭は炭斗右端に置いており、邪魔にならないので下ろさない。

炭台や平炭斗の場合は、枝炭を下ろさないので、灰器に枝炭を仮置する必要がない。
よって、灰をまいた後、灰器は炭斗の右横に仮置することはなく、すぐに身体の右後ろに戻す。

風炉の場合は、
膝横の空きが少ないので、枝炭は下ろさない。
風炉中置の場合の様に、火箸を下ろさない事もある。


2025-12-31 点前の初めに火箸を下ろすか否かを修正
2025-12-16 火箸の扱いを修正

下記を参照
2019年6月2日 「平炭斗 炭点前 炉(2)
2018年12月20日 「平炭斗 炭点前 炉
2015年1月7日 「炭台 炭点前 炉
2015年1月7日 「炭台 炭その他の配置

2022年2月21日月曜日

結び柳

 正月(初釜にも)の床飾りに使う。
掛け柳とも言う。
表千家家元令和4年の初釜では、青竹の花入を掛けて、白椿に結び柳を添えて生けられていたようだ。


結び柳の起源は、諸説あるがよく分からない。

利休が、秀吉から拝領の柳を花入に入れた時、柳の先が畳につかない様に丸めて生けたとの話しがある。

又、利休が送別の茶事の時、唐物置き花入に柳を結んで入れたとの話しもある。

中国の話しとして、古く「折柳(折楊柳)」と言って、柳の枝を結んで旅立つ人に贈る習慣があった。
これが結び柳の起源との説もある。

輪にする→環(カン)→還(カン)→帰る に通ずることから、柳の枝を輪にして贈った。
柳:シダレヤナギ、楊:カワヤナギ(ネコヤナギを言うこともある)

唐詩選に、張喬の「寄維揚故人」と題する七言絶句があり、
( 維揚(現 揚州市)で旧友と別れる時の詩 )
( 張喬:唐末の詩人。唐 昭宗の大順年間(890年頃)の進士との説がある。)
その第一句に「 離別河邊綰柳條 」とある。
(離別河の辺りで、柳の枝を輪にする)

また 折柳の意は、「還」とは全く関係なく、旅人が旅に疲れて魂を失散させないように、しっかりつなぎ留める様にとの意味とも言われる。

「結び柳」は、そもそも 中国の故事である「折柳」とは、全くの無関係であるとの説もある。

結局、結び柳の起源はよく分からない。



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2022年1月28日金曜日

菓子 棹物 切り方

羊羹にしろ何にしろ、
棹物の菓子を切って出す場合

切り口を上にして、切り口を見せて出す。

客の人数による菓子の数の調整も やり易い。



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2021年12月22日水曜日

五徳を据える 炉

炉に釜を掛けるには、灰を入れて、多くの場合五徳を据える。

広間であれば、多くは本勝手・上座床に作ってある。
五徳の爪の一本を左の方 床の方に向け、二本の爪の方を右側の炉壇の壁にくっつけて据える。
つまり、五徳は炉の中心ではなく、少し右に寄って据える事になる。

釜は炉の中心に掛けるので、釜の中心と五徳の中心は同じ場所にあるのではなく、
釜の中心より五徳の中心が少し右にずれている。

よって、釜と五徳の大きさにもよるだろうが、五徳の一本爪と残りの二本の爪は高さが違ってくる。
普通、一本爪の方が低くなる。


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2021年11月23日火曜日

お茶 御茶(おんちゃ) 粗茶

かつては、
唐物茶壺、ルソンの茶壺に入ったお茶を「御茶」と言った。
和物の茶壺に入ったお茶を「粗茶」と言った。

よって、茶事の案内状では、普通「粗茶一服差し上げたく」と書いている。

相伝の飾物に「壺飾り」があるが、
利休は好まなかったと言われている。
また、元伯宗旦は否定したと言われている。

表千家では、紀州家の茶頭になった事により茶壺の飾り方・拝見の仕方が必要になり、江岑又は随流斎によって復活させたらしい。


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2021年7月17日土曜日

薄茶 棚物 初飾 二飾 三飾 総飾 割飾

薄茶 広間で棚物を使う場合 点前の終わりの飾り方

まだお茶を点てない前の棚の飾り方を「初飾」と言う。
「初飾」から点前を始め、点前が終わった後には「初飾」を少し変えて、柄杓・蓋置を飾った「二飾」で終わる。
「二飾」を少し変えた飾り方で終わる事が出来る場合は、それを「三飾」と言う。
更に、茶碗を茶器と並べて飾る場合もある。それを「総飾」と言う。
「総飾」の場合に茶碗と茶器を並べずに別々に飾る場合もあり、それを「割飾」と言う。

稽古では、「初飾」から始め、「二飾」で終わる。
「二飾」から始めると、「初飾」に戻って終わるのではなく、再度「二飾」ないし「三飾」で終わる。
「三飾」から始めると、「二飾」で終わる。
稽古で、「総飾」から始めた場合は、「二飾」ないし「三飾」で終わる。

「総飾」ないし「割飾」をいつするかについては、稽古であればいつしても良いことだが、
茶碗にも茶巾にもお茶の汚れは付いたままなので、茶事などの客の前では殆どすることはないだろう。
矢張り、点前に使った茶碗は水屋に下げるべきだと思う。
二服ないし三服点てた位の時には「総飾」「割飾」をしても良いだろうが、
それより多くお茶を点てた場合は、茶碗は飾り残さない方が良いだろう。

亭主が「総飾」「割飾」をした時には、客は両器の拝見は遠慮する。

私は、稽古でも総飾、割飾はしていない。


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