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2022年2月21日月曜日

結び柳

 正月(初釜にも)の床飾りに使う。
掛け柳とも言う。
表千家家元令和4年の初釜では、青竹の花入を掛けて、白椿に結び柳を添えて生けられていたようだ。


結び柳の起源は、諸説あるがよく分からない。

利休が、秀吉から拝領の柳を花入に入れた時、柳の先が畳につかない様に丸めて生けたとの話しがある。

又、利休が送別の茶事の時、唐物置き花入に柳を結んで入れたとの話しもある。

中国の話しとして、古く「折柳(折楊柳)」と言って、柳の枝を結んで旅立つ人に贈る習慣があった。
これが結び柳の起源との説もある。

輪にする→環(カン)→還(カン)→帰る に通ずることから、柳の枝を輪にして贈った。
柳:シダレヤナギ、楊:カワヤナギ(ネコヤナギを言うこともある)

唐詩選に、張喬の「寄維揚故人」と題する七言絶句があり、
( 維揚(現 揚州市)で旧友と別れる時の詩 )
( 張喬:唐末の詩人。唐 昭宗の大順年間(890年頃)の進士との説がある。)
その第一句に「 離別河邊綰柳條 」とある。
(離別河の辺りで、柳の枝を輪にする)

また 折柳の意は、「還」とは全く関係なく、旅人が旅に疲れて魂を失散させないように、しっかりつなぎ留める様にとの意味とも言われる。

「結び柳」は、そもそも 中国の故事である「折柳」とは、全くの無関係であるとの説もある。

結局、結び柳の起源はよく分からない。



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2021年3月24日水曜日

花を生ける時の留意点(1)

 花は、利休が「花は野にあるやうに生けよ」と言われている様に、
自然を尊んで思いのままに生ければ良いのだが、却って難しい。


先生に教えて貰うものではないので、自分で工夫しなければならない。
短期間での上達は望めない。
私は、1,000回生ければ、マアマア見られる花になるだろうと思っている。


私が現在思っている茶花を生けるポイントは、次の4点。

(1)少なく入れる。
入れたい花や枝葉があったら、もっとギリギリまで取り去れないか吟味する。
どうしても多く入れてしまう。

(2)花入の縁から立ち上がる部分をスッキリさせる。
余分な物(葉や枝や花)を取り去る。

(3)花全体のバランスが大切。
花入も含めたバランスで、経験が物を言う。

(4)花にも花入にも水を含ませる。
利休は「露の切れた花は、枯れ花も同様なり」と言っている。

更に、
広間、小間それぞれに合うように生ける。
茶花は、季節感を生ける。 花の盛りより少々早めが良い。
茶会の趣旨や道具との取り合わせに合うように生ける。

但し、
七事式の「廻り花」「花寄せ」には、花に何の制限もなく、生け方にも何の制限もない。自由に生ければ良い。


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2020年12月4日金曜日

椿 炉の花

椿 炉の花

椿は、通常 蕾を生ける。
開いた花は生けない。

理由は色々あるのだろう。

冬の寂しさを表現する。
開いた花は派手すぎて侘の気分に合わない。
更に、開いた椿の花は何時落ちるか分からない。

但し、
杓子定規に椿は蕾だと言って、蕾だけしか生けないのも、能がない。
七代如心斎も、四月の炉の花に赤の藪椿の開いた花を生けられたと
伝えられている。
四月ともなれば、茶室の外の野山は花の最盛期であるからだろう。

小間であれば、侘の花入に茶味豊かな花が合うが、
広間であれば、小間と同じ花入と花では、取り合わない事も多い。

花と花入の調和、
花入と茶室の取り合わせ、
花と茶室の調和、も大切である。

ふっくらとして形の良い蕾、
少しほころび始めた蕾、
葉の色や形が良いもの
が喜ばれる。

以上

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2019年6月2日日曜日

二重切 花入 花を入れる

二重切の花入に花を入れる場合、下の座に入れる。
水は、上にも下にも入れておく。


何故下の座に花を入れるかについては、「槐記 かいき」に詳しい。

近衛家熙公の「槐記」によれば、
家熙公が常修院慈胤法親王(天台座主、三千院門跡)に、二重切花入について伺った話として、
次の様に言われたと書いてあるそうだ。(現代文に近く修正した)

「必ず(しも) 下に活けたるが良し 上には水を張れば 花を入れたる心なり
上に活けて良ければ 一重切が良き筈なり
上に活けては高すぎると思いて 二重にしたるものなれば 必ず(しも) 下が良き筈なり
花にもその心得あるべし」

近衛家熙 1667年生~1736年歿 (関白 太政大臣、予楽院)

下記も参照
2016年2月7日 「花所望  茶事(1)


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2015年10月15日木曜日

掛け花入

茶の湯の花入は、竹の花入に限らず「掛け」が基本だった。

現在では置き花入にしかしない様な焼物の大きな花入でも、
後ろに穴があり、昔は掛けていた。

今日では、後ろの穴は埋めてあるものが多い。

写真は、美濃伊賀の耳付き花入で、昔は掛け花入として使われていたが、
現在は、掛けの金具を付けていた穴を漆で埋めて、置き花入として使われている。



2017-9-17 修正して写真を追加



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2015年10月1日木曜日

立鼓の花入 覚々斎

立鼓(りゅうご)の花入

立鼓の花入は、本来夏の花入であったが、表千家 六代家元 覚々斎は極寒に水を半分入れて使った。

八代 啐啄斎は、覚々斎にならって毎年冬に使った。

立鼓花入の敷板は丸香台。


夏には、立鼓の花入の上面ヒタヒタに水を張る。

薄端(うすばた)花入も、夏には上面ヒタヒタに水を張る。
  薄端 = 古銅花入、口のところで大きく一文字に開いている。
        宗旦好みに薄端鯉耳花入(道入作)がある。

2014年11月10日 「薄板 丸香台 花入」 を参照のこと。



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2014年12月19日金曜日

金属の花入 使う前

金属の花入は、

一度濡らして、良く拭ききってから使う。

水洗いをしないと、細かいホコリが付いていて、白っぽく見える。




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2014年11月10日月曜日

薄板 丸香台 花入

丸香台を使う花入は、

土物花入
竹置き花入
稲塚 七代 如心斎好み
立鼓花入

2015年10月1日 「立鼓の花入 覚々斎」 を参照のこと。







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2014年10月29日水曜日

利休作 竹花入 小田原の陣 韮山

北条氏の小田原城を秀吉が攻めた時、利休は韮山の竹で花入を作った。

竹は真竹

1.尺八
 逆竹、中央より下に節がある
 秀吉へ献上

2.夜長
 二重切
 自ら使用

3.園城寺
 一重切
 二代 少庵への土産
 筒裏に「園城寺 少庵」とある。利休の判(花押)なし。

4.音曲
 一重切
 古田織部に送る



2016-11-16 修正



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2014年10月13日月曜日

花入と花の量

名物の花入には、花は少なめに入れる。

到来の花は、花を多目に入れる。



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風炉 花 陰暦9月

陰暦9月頃の花入の花は、

残花と言われ、普段より幾分多目に入れてよいとされている。


風炉の終わりの時季。名残の時季。

陰暦(旧暦)9月の別名は、
長月、季秋、菊月、菊見月、晩秋、暮秋などなど。

新暦では、9月下旬頃~11月上旬頃に当たる。
平成28年では、新暦10月1日~10月30日。

9月9日は、重陽の節句(菊の節句)。 
菊花酒(菊の酒)を飲む習慣があった。
重陽前夜に菊の花に綿を被せ、露が浸み込んだ綿で重陽の日に長寿を願って身体を拭う習慣もあった。被綿(きせわた)と言う。


2016-12-11 修正


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