2020年11月22日日曜日

茶杓 拭き漆

拭き漆 茶杓


利休から古田織部、細川三斎、小堀遠州頃までは、ほとんど拭き漆の茶杓である。

三代 元伯宗旦になると漆を拭いてない茶杓が多くなるそうである。


拭き漆の茶杓(写真)

土岐二三 作。1640年頃~1730年頃の有楽流の茶人。




拭き漆 茶杓の作り方


400年前にはどの様にして漆を拭いたのか知らないが、

現代 拭き漆の茶杓などを作るには、

茶杓を仕上げてから、

透明漆を塗り、すぐにそれを完全に拭き取ってしまう。

毎日一回 同時刻に同じことをする。

20日~30日くらい経つと、拭き漆の茶杓が出来るそうである。


以上

2020年10月2日金曜日

十五夜

 十五夜

令和2年の十五夜(旧暦8月15日)は、新暦10月1日に当たる。


秋は旧暦では、7月8月9月の3ヶ月。

秋の真ん中の月(8月)を仲秋と言う。(旧暦7月は孟秋、9月は季秋)

旧暦8月15日の夜を十五夜と言う。

旧暦8月15日の月を「中秋の名月」「芋名月」と呼ぶ。「仲秋の名月」とも。

(芋は里芋で、サツマイモではない)

日没と共に東の空に昇り、明け方には西の空に没む。

これ以降、月の出は約50分づつ遅くなる。

「月々に 月見る月は 多けれど 月見る月は この月の月」(読み人不知)

旧暦9月13日の夜を「十三夜」と言う。

9月13日の月を「栗名月」「豆名月」と言う。

旧暦では閏月があるので、閏8月または閏9月が挿入される年がある。

その場合は、1年で十五夜または十三夜が2度現れることになる。

二度目については、それぞれ「後の十五夜」「後の十三夜」と呼ばれる。

直近の閏8月は1995年その前は1976年、閏9月は2014年その前は1843年。それぞれ「後の十五夜」「後の十三夜」があったことになる。


参照

2014年12月7日「月の色々の名称

2021-1-22 参照を追加

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2020年9月7日月曜日

風炉と釜の高さ

 千家3代 元伯宗旦の話として

風炉と釜の高さ

切合せ風炉、透木風炉以外では、風炉には五徳を使って釜をのせる。
五徳を使うので、釜の高さを調節出来る。
風炉の上端から釜の羽落ちが5分程下がるように調整する。
(5分=1.5cmと絶対的寸法ではなく、少し下がっているという事)



基本は羽落ちを5分ほど下げるが、
羽落ちを風炉の上端より低く出来ない釜の場合は、少し高くする。

何しろ、風炉の上端と羽落ちを同じ高さにしない。

羽落ち
釜の上の部分と下の部分をつないだ継ぎ目。
もぎり、鋳継ぎ(いつぎ)とも。

2014-10-15「風炉 釜の高さ」を削除し、修正してここにアップした。

2020年8月30日日曜日

利休 染付茶碗は使わなかった

四代 江岑の話として、

利休は、小間の侘茶では「染付茶碗を使わなかった」とある。

 

利休が「紀三井寺」と言う染付茶碗を褒めていたので、

山上宗二がそれを手に入れたが、利休の侘び茶の道具組には染付茶碗の入る余地がないと合点して、山上宗二は割ってしまったと言う話しが残っている。

 

利休の道具の取り合わせは、厳しかった。

茶碗は長次郎の楽茶碗、茶杓は中節の竹茶杓、花入は竹の尺八や一重切り、木地の建水、竹引切の蓋置と見ていくと、

唐物の名物道具とは一線を隔てている

 

長次郎の茶碗を見て判る様に、

利休の好みは、形は歪んでいるがそれを感じさせない端正さ、色は地味。

一つ一つ独立して鑑賞するより、道具の取り合わせによって、ある美しさを創り出すようになっている。

利休は、目の感覚でなく、心の内面に美しさを生み出す内向的な性格の美を求めていた


必然的に、自分が創り出した侘の美しさの調和を壊すものは排除した。

染付茶碗を使わなかったのも当然と思われる。


利休所持 長次郎作 銘 禿(かむろ)写し









2020年7月30日木曜日

風炉 花(木槿、芙蓉、水引) 切り方

風炉の時季の花 留意点

1.風炉の代表 「木槿」
ムクゲは一日花と言われるが、実際は一日半咲いている。
朝、ムクゲの花を取りに行くと、昨日の花か今朝咲いた花か区別がつかない。
昨日の花であれば、お昼にはもう萎れて来る。
明日の朝、花を切ろうと思ったら、今日の内に次の事をやって置く。
明日の朝咲く可能性のある蕾の周りに咲いている花を落としておく。

2.「芙蓉」
フヨウは本当の一日花である。朝咲いて夕方しぼむ。
フヨウは、切られた傷口を自分で修復しようとする。
フヨウを切って水につけずにそのまま放っておくと、
翌日 前日の蕾が開いて花になる。
切られた傷口からゼリー状の液が出て、傷口からの水の発散を止めるからである。
茶花として使う時、それが逆に邪魔になる。
水につけてもゼリーが邪魔をして、水揚げをしないからである。
フヨウを使う時には、切った後、水につけておき、
時々切り口を指で拭ってゼリーを取ってやる。
3~4回取ってやると、ゼリーが出なくなる。
それだけ留意すると、萎れることがない(少ない)。
それでも萎れる場合があるので、予備も含めて2~3本取っておく。
傷口を焼けば良いらしいが、私はやった事がないので、焼き方は分からない。

3.「水引」
ミズヒキも水揚げが難しい。
ミズヒキの先端が萎れて垂れ曲がってくる。
ミズヒキの茎には節があるが、そのフシの部分を切ってやると、水揚げしやすい。
高さの調整が難しいが、仕方がない。

利休所持 唐金鍔つば細口花入 写し



2020年6月30日火曜日

膝の上で茶碗を扱う 亭主

点前の途中で

膝の上で、茶碗を温めたり、茶碗を拭いたりする時、
茶碗は高く持たない。
少し低めに持つ。

拭いたりする時、極端に斜めにして拭かない。
水平に近く持つ。

以上

2020年5月8日金曜日

火吹き竹

火吹き竹(ひふきだけ)

炭の火が上手く点かなかった時に使用する。
表千家では点前の中では使うことはない。
利休形がある。
直径:8分(約2.4cm)
長さ:9寸8分(約29.7cm)
中の節は、口から3寸(9.1cm)
下は節止めになって、小穴を開けてある。




今年の1月と2月の茶事で、炭点前の火が2度上手く点かなかった。
懐石の終わり頃、炉の火が静まり返っていたので、
懐石の後、菓子の前に炭斗に火吹き竹を入れて持ち出し、
お客の前で釜を上げ、火吹き竹で吹いて炭の火を起こした。
炭に火がつかなかったのは、私の落ち度で恥ずかしいことだったが、
火吹き竹が目の前に出て来たのは、お客様も初めての事だったので、
座興にはなったと思って、自分を慰めている。

六代覚々斎の事として七代如心斎が話した中に、
風炉でも炉でも火相が悪ければ、火吹き竹を持ち出して、客の前で火を勢いづけたとあるそうだ。
それを聞くと、昔の家元宗匠方にもあった事だと何処となくうれしい。

私の子供の頃には、火吹き竹はどこの家庭にもあって、普通の物だったが、
今の若い方は初めて見る、珍しい物だったろう。

この火吹き竹は、利休形の寸法で、紫竹の自作したもの。

2021-4-4 修正

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