2019年12月25日水曜日

布巾 雑巾 折り方

布巾、雑巾、手拭き、茶巾、みな表裏がない作りになっている。
片側は手前に折って、反対側は向うに折って、縫ってある。
どちら側を使っても良いようになっている。

但し、そのように作ってあっても、布巾と雑巾は表と裏を区別して竹釘に掛ける。
布巾と雑巾は、
二つ折りにし、四つ折りにし、八つ折りにし、更にもう一回折って、
折り目を竹釘に掛ける。

四つ折りにした状態では、布巾雑巾の縫い目だけが上に見える。
四つ折りにした時に、表と裏とを区別している。
留意して四つ折りにした方が良い。

折り方は、
二つ折りまでは一緒だが、四つ折りと八つ折りについては、
左側に掛ける布巾と右側に掛ける雑巾は、逆方向に折る。

左側に掛ける布巾は、左から右に向かって四つ折り、もう一度左から右に向かって八つ折りにする。
更に中央を折って竹釘に掛ける。

右側に掛ける雑巾は、右から左に向かって四つ折り、もう一度右から左に向かって八つ折りにする。
更に中央を折って竹釘に掛ける。

両方とも、中央に向かって折っている。
竹釘に掛けた状態では、
左に掛けた布巾の二つ折りの時の折り目は手前にあり、四つ折りの時の折り目は右側にあり、
右に掛けた雑巾の二つ折りの時の折り目は手前にあり、四つ折りの時の折り目は左側にある。



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2019年11月1日金曜日

点前 稽古 終りのお辞儀

稽古の点前では、始まりと終わりには全員でお辞儀をする。総礼とも言う。
点前の終わりでは、亭主は道具を膝前に置いてお辞儀をする。
拝見がある場合には、膝前に御三器を置いてお辞儀をする。

これは、茶道口の廊下が「畳敷き」の場合の事である。
「板張り」の場合には、道具を水屋に持ち帰って、改めて茶道口まで戻って、膝前には何も置かずにお辞儀をする。

畳敷きの場合は、道具を水屋に持ち帰らず、膝前に置いてお辞儀をしても良い事になっている。
当然、道具を水屋に持ち帰って、膝前に何も置かずにお辞儀をしても良い。

但し、膝前に道具を置いてお辞儀をするのは、稽古の場合の事であって、
茶事の場合には、膝前には何も置かずに挨拶をする。

下記も参照
2015年6月26日「拝見物を水屋に下げる 茶事


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2019年10月6日日曜日

茶通箱

茶通箱には、「二つ入り茶通箱」と「三つ入り茶通箱」がある。
二つとも水屋の物である。

相伝の茶通箱で使われるのは、「二つ入り茶通箱」である。

小間の水屋には、「二つ入り茶通箱」を使う。

広間の水屋には、「三つ入り茶通箱」を使う。
広間では客人数が多い場合があるので、替え茶器を入れておく為、「三つ入り茶通箱」にする。

稽古の水屋では、普通「三つ入り茶通箱」を置いてある。



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2019年9月27日金曜日

茶碗にお湯を注ぐ 水を注ぐ

茶碗にお湯(水)を注ぎ入れる時、茶碗の右側にお湯が垂れて、
茶碗を取ると、畳が濡れている事がよくある。
その原因の大部分は、柄杓の底の部分が茶碗の右の縁から外に出て、
柄杓の底からお湯が畳に落ちている。

柄杓の合からお湯を茶碗のどこに落とすかが、重要である。
茶碗の中心にお湯を落とさないようにする事が大切である。

お湯の落とし始めは、茶碗の左側手前に落とす。
茶碗の7時~8時位の縁に近い所に落とし始める。
 (注)茶碗の7時~8時とは、
    茶碗の手前正面を6時、向こう正面を12時と考えた場合、
    茶碗の左手前側に当たる。

茶碗の縁に近い辺りに落とし始めたら、
落とし終わるまでその位置を動かさないようにする。
同じ場所に落とす。
お湯を落とす位置を茶碗の中心の方にずらさない様にする。
これが大事である。

茶碗の中心辺りにお湯を落とすと、
柄杓の合の底が茶碗の外に出て、茶碗の外にお湯の滴が落ちてしまう。
注意すべき事である。

但し、あまり気にし過ぎる事でもない。
畳は所詮替えるものであるから、悪くなれば畳を替えれば良い。
先生のお宅での稽古であれば、こうも言っておられないので、出来るだけお湯を垂らさない様に注意する必要がある。

下記も参照。
2018年7月1日 「柄杓 お湯(水)を汲む
2018年7月1日 「お茶を点てる 留意点 茶の量 お湯の量
2015年5月9日 「濃茶の点て方 濃さ
2015年5月9日 「薄茶の点て方 お茶の量 お湯の量
2015年5月9日 「茶筅の使い方、握り方 薄茶を点てる
2015年5月2日 「濃茶 濃さ 元伯宗旦


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2019年6月2日日曜日

二重切 花入 花を入れる

二重切の花入に花を入れる場合、下の座に入れる。
水は、上にも下にも入れておく。


何故下の座に花を入れるかについては、「槐記 かいき」に詳しい。

近衛家熙公の「槐記」によれば、
家熙公が常修院慈胤法親王(天台座主、三千院門跡)に、二重切花入について伺った話として、
次の様に言われたと書いてあるそうだ。(現代文に近く修正した)

「必ず(しも) 下に活けたるが良し 上には水を張れば 花を入れたる心なり
上に活けて良ければ 一重切が良き筈なり
上に活けては高すぎると思いて 二重にしたるものなれば 必ず(しも) 下が良き筈なり
花にもその心得あるべし」

近衛家熙 1667年生~1736年歿 (関白 太政大臣、予楽院)

下記も参照
2016年2月7日 「花所望  茶事(1)


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平炭斗 炭点前 炉(2)

平炭斗 炭点前 炉(2)

炭台の炭点前にならって行えば良いが、
炭点前の手順を、普通の炭斗と違う部分を重点的に記してみた。

灰器を下座勝手付に置いた後、
炉の前に廻り、
羽箒を下ろす。
火箸を下ろす。
鐶は割ギッチョに立掛けたままにしておく。
香合を下ろす。
右手で鐶を取り、左手に持たせて釜の蓋をしめる。

女子は、
常の様に帛紗をたたんで釜の蓋をしめ、右手で炭斗から鐶を取る。

後は、常の通り。
居前のままから灰器を取る。
濡灰をまいた後、
居前から灰器を戻す。

女子は、
身体を右斜めに廻し、灰器を取り、右膝近くに仮置きする。
常の通り、濡灰をまいた後、
身体を少し右斜めに廻り、灰器を取って一度あしらい下座勝手付きに戻す。

枝炭を灰器に仮置きする事はないので、灰器は濡灰をまいた後すぐに下座勝手付きに戻す。
枝炭は炭斗にのせたままにしておく。
炭斗に炭を組む時、枝炭は炭台の時と同じ様に炭斗の右側に枝炭の先を炭斗の縁から出してのせておく。

後は常の通り。

釜を炉にかけた後、はずした鐶は、
炭斗の中の丸ギッチョの跡に横にして(鐶の切れ目は右)、
又は 元の割ギッチョの辺りに立て掛ける(鐶の切れ目は上)等、
適当な所に戻す。

常の炭斗を使う時には、濡灰を撒いた後の灰器は炭斗の右側に仮置きするが、
これは、上に書いた様に、枝炭を仮置きする台にする為に置いている。


下記を参照の事
2018年12月20日 「平炭斗 炭点前 炉」 
2015年1月7日 「炭台 炭点前 炉
2015年1月7日 「炭台 炭その他の配置


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2019年5月5日日曜日

茶カブキ 掛帛紗 扱い

茶カブキ
客が入室する前に、
亭主は棚の上の茶カブキ盆に掛けた掛帛紗を外して、本茶の棗を入れ替える。

女の先生方は、男子が掛帛紗の外した後、どの様にして持ち帰るかをご存知ない方もおられるので、その方法を書いてみた。

掛帛紗
ワサを手前に横中央の折り目を山にして、茶カブキ盆に掛けておく。

掛帛紗の横中央の折り目の所を左右同時にとって、持ち上げる。
膝の上にとって、左側→右側の順に中側に折り畳む。
左膝脇に置く。

本茶棗を入れ替える。

掛帛紗を更に二つ折りにして、懐(ふところ)に入れて水屋に下がる。

女子は、懐が狭く、懐に入れられないので、左手に持って水屋に下がる。


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2019年5月3日金曜日

ギッチョ炭 名称由来

短い炭を「ぎっちょ炭(ぎっちょう炭)」と言う。
丸ギッチョ、割りギッチョの2種類ある。

ギッチョとは、妙な名前だなと思っていた。

馬に乗った競技者が、玉(毬)を棒で打って(又は掬って)、相手陣に入れる競技が、奈良・平安時代に唐から伝わった。
唐では、「打毬戯」と呼ばれた。
中央アジアに始まったものが、ヨーロッパに伝わって「ポロ」となり、
唐に伝わって「打毬戯」になった。

日本では、「打毬 だきゅう」と呼ばれ、初めは馬に乗って行われたが、徒歩で行われるようになり、又民間でも行われる様になり、更に江戸時代には子供の正月の遊びとなっていた。

なお、馬に乗って争う「打毬」も、今でも宮内庁その他に残っていて、行われている。

毬を打つ道具を「打毬杖 だきゅうじょう」と言う。
それが、「ぎっちょう・ぎっちょ」と言われるようになり、
漢字では「毬杖」「毬打」「毬枝」等と書く。

古くは、今のホッケーのスティックの形をしていたが、
後には、「ぎっちょう・ぎっちょ」は、柄の長い木槌(きづち)の形をしていた。
「ぶりぶりぎっちょう」、「玉ぶりぶり」とも言う。



その頭の部分に似ていることから、「ギッチョ炭(ぎっちょう炭)」と言う。

江戸時代には、彩色し、車輪を付け、頭の先端に柄を取り付けたものが正月の男の祝いの玩具として売られ、贈答用にも使われた。
頭の部分は、六角柱(又は八角柱)になっている。

その形が、香合に取り上げられ「ぶりぶり香合」として祝いの席などに使われている。



「左義長 さぎちょう」
小正月(1月15日)に行われる左義長(どんど焼き)も、「ぎちょう」に関連がある。
平安時代に、清涼殿前で青竹に毬杖(ぎちょう)を3本結んで火を点けて吉兆を占う行事があった。
三本の毬杖を結んだところから「三毬杖 さぎちょう」と言われた。
この行事が民間に伝わり、「左義長 さぎちょう」になった。


下記も参照
2015年3月3日「炭の寸法

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2019年4月21日日曜日

踏込床

床の面が座敷の畳面と同じ高さの床を「踏込床」(ふみこみどこ)と言う。

板床が多い。
畳敷の踏込床が、時代を下がると板床になっていった。
3代元伯宗旦の頃に、板床に工夫されて行ったようだ。

6代覚々斎原叟が好んだ「原叟床」及び
聚光院の「桝床」が有名。

原叟床、桝床は、四畳半の中に造られることが多い。

板床は、侘びの極致を表わすと共に、
客座の畳と板床の板の材質の違いによるメリハリを感じられる。




下記も参照
2015年7月22日 「板床


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2019年2月14日木曜日

茶事 案内、前礼、礼状の実際

2015年1月に、茶事の案内から礼状迄の流れを書いたが、
これは、客が亭主との立場が同等ないし同等に近い方の場合であり、
常にこの流れで進行する訳ではない。

2015年1月14日「茶事 案内状 返書 前礼 礼状」を参照。
2017年1月12日「手紙 名宛人・差出人 書き方」を参照。

亭主と客との関係がどうであるのかを考慮しなければならない。
客が、亭主の師匠であったり、社会的地位が高い方であったり様々であるが、
亭主なりに配慮する必要がある。

例えば、亭主の師匠が客の時には、
案内状から出席の返事までは通常通りだろうが、
前礼と礼状は通常と異なる配慮も必要だろう。
前礼は、客からではなく、亭主から客に対して前礼をする、
又、礼状も客からではなく、亭主から客に対してする等になるだろう。

何しろ、亭主と客の関係をよく考えた上で、行動する必要があると思う。



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尺 間 寸法 長さ単位

重さの単位に「匁」があるが、
2016年9月20日 「匁 斤 重さ」参照

長さには、「尺・寸」「間」等がある。

「尺」は、「曲尺かねじゃく」と「鯨尺くじらじゃく」の区別がある。

明治以降、「曲尺」は、約30.3cm。「鯨尺」は、約37.9cm。
明治時代、「曲尺」の1尺は、10/33メートルと決められた。

和服や帯の寸法に使うのが、「鯨尺」。
その他の寸法に使うのが、「曲尺」となっている。
「曲尺」の1尺 = 「鯨尺」の8寸。
「鯨尺」の1尺 = 「曲尺」の1尺2寸5分。

お茶の道具は、布の物であっても「曲尺」を使う。

畳や建物には、「間」を使う事がある。
「間」は、柱と柱の間を言い、元々寸法の単位ではなかった。
長さの単位は、「尺」であった。

太閤検知で有名であるが、豊臣秀吉が租税の為に土地の測量を行ったが、それの単位に「間」が使われた。
太閤検知の場合は、1間=6尺3寸。
明治時代に、1間=6尺に決められた。

茶室に使われる「間」「尺」の関係は、次になる。
京間では、
建物を言う場合は、1間=6尺5寸。 畳を言う時には、1間=6尺3寸。
江戸間では、
建物を言う場合は、1間=6尺。 畳を言う時には、1間=5尺8寸。

2019-5-5 文字修正


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